東日本大震災

2011年03月15日 20:00
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何から書けばいいか解りません。こんなことってあるんですね。
こちら鶴岡は、震度5でした。長い横揺れのなか、仕事のテーブルの下に、隠れ
続けました。震源地は三陸海岸あたりとのこと。ダメージがあったのは、東北地方だけ
と思っていました。3人の子供たちからも、自分たちも、大変だったのに、、安否を気遣うメールが入ってきましたが、おかげさまで、全員無事。東京の母のことも、心配だけれど、
何しろ、電話がつながらない。でも、メールは、必ず届いたのが、ありがたかってですね。
確か、一度だけ、母にシャメールをしたはずだから、メールなら、届くはす。きっと
気が付いて、弟が帰ってきたら、返事が来るはずと信じ、メールしてみました。
きました、返事が。何度も電話したけど、通じなかった。こちらは、無事との事。
ほっとしました。
後から、後から出てくる、大災害の爪あと。宮城には、たくさんの知人がいます。
お客様もいますし、一緒に仕事をしている方の、家族がいます。一度は全員無事だとの
メールが入ったけれども、その後、ばらばらになったとの情報もあり、とても心配して
いたようですが、今朝、娘さんから無事との連絡が入ったそうです。よかった。これから、
迎えに行くそうです。
無事を知らせたくても、通じなくて、いてもたってもいられなかったことでしょう。
私の家族は、まず、主人は岐阜のデパートにいました。やはり、揺れたそうですが、
そのときは、事の重大性がわからなくて、テレビの報道を見て、大変なことになった
と、実感したようです。それでも、何とか今日まで、仕事をして、予定よりは、早めに終わらせて、片付け始めて、今、新幹線の中。鶴岡には、9時頃到着の予定。
心配なのは、福島に住む、一番下の23歳の息子のこと。もともとは、原発のすぐそばの、
富岡町に住んでいて、そこの、紳士服の店に勤務しております。
金曜日は、たまたま、水戸の店舗の手伝いで、水戸にいて、地震にあったそうです。
その日は、そちらに泊まって、翌日、もう一人の方と、いわきに移動しましたが、富岡は、危険と判断して、そこの寮に泊まることにしたとの事。少し、安心していたのですが、今朝、
運転中のラジオから、2号機も異常をきたしたために、半径30キロ以内の方は、
屋内待機、外出禁止、なんと、いわき市も入っていたのです。
何しろ、電話が通じないので、メールで確認。やはり、そのようにしてるようです。
息子としては、ガソリンも、少ししかないし、鉄道も、だめ。そこにいるしかない。
何事も起こらないように、祈るだけです。
昨夜、二人の東京の友達から、福島に住む息子のことを心配して、電話が入りました。
一人の方は、百回くらい掛けて、やっとつながったそうです。
いわきにいるから、大丈夫だって言ったところだったのに。
テレビで会見する東電の方々、その他、多くの方々が、不眠不休で何とか最悪の
事態にならないように努力されているのが、良くわかります。
どうか、どうか、良い方に向かいますように・・・。

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革職人アルティジャーノ

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